コラム
2022.12.15 コラム 【くらしの中の経済学】社長が営業で社員が経営!?比較優位について解説
共同で仕事をする際に、役割分担について悩むことがあるかと思います。先日、とある会社の経営者の方が、こんな風にぼやいていました。
「社員さん頑張ってくれてるんだけど、経営戦略を練るのも、営業するも自分がやった方が早いんだよね…」
ご家庭でも、
「家事も育児も私がやった方が早い!だからって全部押し付けないで!」
なんて、ケンカの種になることもあるかもしれません。
こういうとき、仕事の割り振りはどのようにしたらいいのでしょうか?今日は、「比較優位」という考え方についてご紹介します。
表1 タスクと所要日数
経営戦略を練る | 契約を1件獲得する | |
---|---|---|
社長 | 4日 | 1日 |
社員 | 10日 | 3日 |
表のような単純なケースで考えてみたいと思います。
まずタスクが二つあります。一つは「経営戦略を練る」というタスクです。もう一つは、「営業に回って契約を獲得してくる」というタスクです。
登場人物は2人です。社長さんと社員さんです。
表1のように、社長さんは経営戦略を練るのに4日の日数がかかります。社長さんはたたきあげの人で、営業も得意なので、平均すると1日1件の契約が取れるとします。一方社員さんは、経営戦略を練ることは苦手ですから、10日の日数がかかるとします。また、営業に回れば、平均して1件の契約を獲得するのに3日かかると想定します。
確かにどちらも社長さんの方が能率がよさそうですね。もちろんその分給料も高いはずなのですが、給料の点はちょっとここでは置いておいて、「どれぐらいの日数がかかるか」ということに着目して考えてみましょう。
この例では、経営戦略を練ること、契約を獲得すること、どちらも社長さんの方が得意です。こういう場合に社長さんに絶対優位がある、といいます。かといって、両方社長さんがやればいいかというと、体は一つしかないわけです。
ここで大事になってくるのが比較優位の考え方です。
まず経営戦略を練ることについてみてみますと、社長さんは4日かかります。これは、営業に回って契約を取ることと比べると4倍の日数がかかっていることになります。これに対して社員さんは、経営戦略を練るのは苦手ですから10日の日数がかかりますが、契約を1件獲得することと比べると、約3.3(=10/3)倍の日数でできますね。
したがって、「契約を1件獲得すること」を基準とすると、社長さんはその4倍の日数がかかる、社員さんは3.3倍の日数がかかる、ということになります。こういう場合に社員さんは、経営戦略を練ることについて、社長に対して比較優位をもつ、と言います。
では、営業活動についてはどうでしょうか。今度は経営戦略を練ることを基準に考えてみましょう。社長さんは、「契約を1件獲得すること」は、「経営戦略を練ること」の1/4(=0.25倍)の日数でできるということになります。一方、社員さんは経営戦略を練るのは10日かかりますから、経営戦略を練ることの0.3(=3/10)倍の日数で、契約を獲得することができるわけです。したがって、社長さんは営業活動について社員さんに対して比較優位をもっていることになります。
これを踏まえて、タスクの割り振りを考えてみましょう。結論を先に言いますと、それぞれが比較優位をもつタスクを担当するべきだ、ということになります。このケースでは、社員さんが経営戦略を練り、社長が営業に回る、というにわかには信じがたい割り振りがより効率的な結果をもたらします。
確かめてみましょう。
社長が経営戦略を練ることを社員さんに任せたとしましょう。そうしますと、4日分時間が節約できます。この4日で社長さんは新規契約を4件獲得できます。社員さんにとって、4件の新規契約の獲得に必要な日数は3×4=12日ですから、経営戦略を練ることを10日でやっても2日おつりが来ますね。会社全体での能率があがっています。
イギリスの経済学者デヴィッド・リカードは、各国が比較優位を持つ財の生産に特化して貿易を行うと経済的な厚生が高まる、という「比較生産費説」を主張しました。
さて、少し数値を変えてみましょう。今度はタスクの割り振りはどうなりますか?
表2 タスクと所要日数 その2
経営戦略を練る | 契約を1件獲得する | |
---|---|---|
社長 | 4日 | 1日 |
社員 | 15日 | 3日 |
まず「経営戦略を練ること」を考えます。「契約を1件獲得すること」と比較してどれぐらい時間がかかるか、というふうにみるのでしたね。
社長さんは4倍の時間で経営戦略を練ることができます。社員さんは5倍です。したがって、今度は社長さんが比較優位をもつことになります。同じように、「契約を1件獲得すること」を「経営戦略を練ること」を基準に考えますと、社長さん社員さんそれぞれ1/4,1/5の時間で達成できますから、こちらは社員さんが比較優位をもつことになります。こちらの方が日常の感覚にあっていますね。表1はみなさんに興味を持っていただくための数値例でした。
さて、ここで考えた例では、社長さんや社員さんの時間当たり賃金とか、「経験を積むことによって成長する」などの要素は入っていません。その分非現実的だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、理論のエッセンスは非常に有用な考え方ではないでしょうか。
くらしの中の経済学、今日は比較優位についてご紹介しました。またお目にかかりましょう。
執筆者:藤原徹