コラム

2022.12.27 コラム 【くらしの中の経済学】電車賃が時価になる時代が来る!?ピークロードプライシングについて解説

今回の内容について動画でも解説しております。併せてご覧ください。↓

 

【くらしの中の経済学】電車賃が時価になる時代が来る!?ピークロードプライシングについて解説

 

みなさんこんにちは。「くらしの中の経済学」、今日は「ピークロードプライシング」についてご紹介したいと思います。

通勤電車とお寿司

 

通勤ラッシュの電車のことを「すし詰め」なんて言ったりしますが、お寿司屋さんのメニューに「時価」と書かれていることがありますよね。あまり手に入らないネタで人気のものには高い値段がつくわけです。

これに対して、ラッシュ時の電車の運賃は、通常時と同じか、定期券によって安くなっているケースも多いです。ラッシュ時のしんどさを考えると、高い運賃なんて冗談じゃない、と思うわけですが、「座席が手に入らないのに安い」、と考えると少し変ですね。お寿司と何が違うのでしょうか。

技術的には、交通系ICカードの普及によって、鉄道運賃を「時価」とすることができるようになってきています。鉄道運賃を「時価」とする場合、どのように設定したらよいのか、考えてみたいと思います。

通勤ラッシュの現状

 

まず、通勤ラッシュの現状についてみてみましょう。

三大都市圏における通勤電車の「混雑率」については、国土交通省から調査結果が公表されています。混雑率のイメージとしては以下のイラストのようになりますが、みなさんの実感に合っていますでしょうか?


出典:国土交通省webサイト(https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001491865.pdf)

このコロナ渦で在宅勤務が普及し始めていますし、鉄道会社各社とも莫大な時間と労力を輸送力増強投資につぎ込んできていますので、ラッシュ時の混雑の深刻さは時とともに変化してきていると考えられます。

同じ国土交通省の調査結果から、三大都市圏における混雑率の変遷をみてみましょう。図の出所はいずれも国土交通省webサイト(https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001491865.pdf)です。

東京圏

 

まず東京圏です。

コロナ前は160-170%程度であった混雑率が、直近の令和3年で108%にまで下落しています。平成のはじめごろまでは混雑率が平均で200%を超えていた、というのですから驚きです。

それに対応すべく、鉄道会社各社は輸送力増強に取り組んできました。その結果、昭和50(1975)年度に比べて約1.7倍の輸送力になっています。アフターコロナの時代に輸送人員が戻らないとすると、設備の維持管理をどのように行っていくかが課題となりそうです。

大阪圏

 

大阪圏については、輸送人員が減少傾向にあったこともあり、混雑率は東京圏や名古屋圏に比較して低めの値で推移してきました。直近の輸送人員指数は令和2(2020)年で60、令和3(2021)年で61となっています。

名古屋圏

 

クルマ社会のイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、名古屋圏においても輸送力増強投資は行われてきました。輸送人員の回復基調も最も強い印象を受けます。

通勤ラッシュの課題と対策

 

さて、通勤ラッシュの問題点について改めて考えてみますと、やはり需要と供給のミスマッチが挙げられます。需要は朝の約1-2時間のピーク時間帯に集中します。一方、輸送力(供給力)はなかなか一朝一夕には拡大しませんし、一度拡大してしまうと、コロナ渦のように需要が減少したときにスムーズに対応できず、過剰な供給力を抱えてしまうわけです。また、ピーク時に利用しない方々にとっては、不要な設備費用の一部を負担していることになります。

では、対策としては何があり得るでしょうか?

供給側の対策としては、これまでも取られてきたような、輸送力の増強投資が挙げられます。しかし、これは時間も費用もかかることですし、コロナ渦を契機に在宅勤務や時差通勤が普及したりして需要が減少していくと、むしろ過剰な設備ということになります。また、用地取得等、物理的に難しいケースもあることでしょう。

したがって、需要側の対策が重要になってきます。これまでも時差通勤の呼びかけや、オフピーク時の割引率が高くなる時差回数券の発売、ピーク時をずらして乗車するとクーポンやポイントといったおまけがつく取組等がなされてきました。

需要側の対策としてスマートな方法として、「ピークロードプライシング」があります[1]。これは、ピーク時の運賃を混雑度に応じて高く設定し、オフピーク時の運賃を低く設定するというものです。

ピーク時の利用者からすると、質の低いサービスでしかも常連なのに運賃を値上げなんて冗談じゃない、と感じることと思います。しかし、「安くなるならピーク時を避けられるよ」、という方が積極的にピーク時間帯を避ければ、ピーク時の混雑が減り、それに伴ってピーク時の運賃も中長期的には下がっていきます。現状は追加でお金がかからないからしんどいのを我慢すればいいや、となっているわけですが、通勤通学だけでぐったりしてしまうのは嫌ですよね…

また、普段ピーク時には利用されない方からすると、現状の輸送力はピーク時に合わせたものですから、それを反映した現状の運賃は割高ということになります。したがって、ピークロードプライシングが導入されれば、運賃が現状よりも下がることになります。輸送力増強投資にかかる費用は、ピーク時の割増運賃の収入から捻出すればよいことになります。

どうでしょうか、現状と比べると大半の方にとって得する方法なのですが、なかなか受け入れられてきませんでした(特にピーク時の値上げ)。それだけ通勤ラッシュがしんどいことの裏返しなのかもしれません。

「鉄道運賃:時価」の時代へ

 

しかし時代は変わるかもしれません。JR東日本は、2023年3月からの「オフピーク定期券」の導入を国土交通省に申請しました(JR東日本ニュース2022年9月16日)。

オフピーク定期券は平日朝のピーク時間帯には利用できない定期券ですが、現状よりも約10%値下げされる計画です。一方で、通常の定期券は若干の値上げが想定されています。これはピークロードプライシングの考え方を応用したもので、画期的なものです。これを契機に混雑に応じてリアルタイムに運賃が変わるようになれば、鉄道運賃もお寿司と同様、「時価」となる時代がやってくるかもしれません。

くらしの中の経済学、今日は「ピークロードプライシング」についてご紹介しました。またお目にかかりましょう。

[1] “Peak Load Pricing” 道路(road)ではなくて、負荷(load)を意味します。

 

 

執筆者:藤原徹

関連記事