コラム
2023.03.17 コラム 【くらしの中の経済学】逆淘汰
今回の内容について動画でも解説しております。併せてご覧ください。↓
知らないことは怖いこと
みなさんこんにちは。「くらしの中の経済学」、今日は逆淘汰についてお話ししたいと思います。
中古車や中古住宅など、いろいろ説明は受けたけど、やっぱり買って使ってみないとよく分からない、契約してサービスを受けてみないとよく分からない、というときに、皆さんはどのように行動されますか?ネットで口コミを一生懸命探されることもあるでしょうし、安全をみて、自分の中で支払ってもよい価格を低めに設定することもあるでしょう。
財やサービスの取引において当事者間で持っている情報に差があることを経済学では「情報の非対称性がある」といいます。情報の非対称性があると市場メカニズムがうまく働かなくなる(「市場の失敗」が起きる)場合があることが知られています。
中古車市場を例に考えてみますと、売り手は売ろうとしている車について細かい情報を持っています。一方で買い手はそこまでの情報を持っていなかったり、その情報の意味することが分からなかったり、実際に乗ってみないと分からないことがあったりします。試乗した日が晴れていれば、雨の日の走行状態はよくわからないわけです。中古住宅も同様ですね。
買い手側が情報を多く持っていることもあります。例えば保険契約ですと、自動車の運転の丁寧さや個人の病歴などは、保険の売り手側である保険会社には分かりません。ゴールド免許であるかどうか聞かれたり、健康診断の結果の提出が求められるのは、こういった情報なしに契約をすることが売り手にとって危険であることの証でもあります。労働契約でも、労働力の買い手である企業は、労働力の売り手である労働者のことを知るために、履歴書の提出を求めたり、何度も面接したりするわけです。
契約前の段階で、取引される財・サービスの質に関して情報の非対称性がある場合には、逆淘汰(逆選択、adverse selection)とよばれる問題が発生しうることが知られています。
逆淘汰
逆淘汰について中古車市場を例に考えてみましょう。質が良い中古車と質が悪い中古車の2種類があるとします。質が悪い中古車のことを英語で「lemon」と言ったりするようです。
表1
質が良い | 質が悪い (lemon) |
|
---|---|---|
売り手の売却希望価格 | 200万円~ | 150万円~ |
買い手の売却希望価格 | ~220万円 | ~160万円 |
表1のように、売り手は質が良い中古車は200万円以上、質が悪い中古車は150万円以上で売却したいと考えているとします。「以上」というのがポイントです。売り手は高く売れるほどうれしいわけですから、売値が高いことが質の良さを保証しません。
一方、買い手の購入希望価格は、質が良ければ220万円まで、質が悪ければ160万円まで、とします。
もし情報の非対称性がなく、それぞれの車の質を売り手買い手とも判別できるのであれば、質が良い中古車が200万円から220万円で、質が悪い中古車が150万円から160万円でそれぞれ取引されます。
では、中古車の質について情報の非対称性があり、買い手は中古車店に並んでいる車の質の良し悪しについて分からない(どれもピカピカに洗車されているし、「整備済み」となっている)と、何が起きるでしょうか。ここでは計算の便宜上、当該中古車の質が良い確率が1/2、質が悪い確率が1/2であるとします。
表2
質が良い | 質が悪い (lemon) |
|
---|---|---|
売り手の売却希望価格 | 200万円~ | 150万円~ |
買い手の売却希望価格 | ~190万円 (220 × 1/2 + 160 × 1/2) |
この場合、表2のように、買い手の購入希望価格は190万円が上限となります。なぜなら、質が良くて220万円まで出す価値のある中古車である確率が1/2、質が悪くて、160万円までしか出す価値のない中古車である確率が1/2だからです。確率論における期待値を計算しています。
これを踏まえて、売り手の立場で考えてみましょう。買い手が190万円までしか出せない、というのであれば、質の良い中古車は売れませんよね。すると、売りに出される中古車は質が悪いもののみになります。
買い手がそれに気づくとどうなるでしょうか?
表3
質が良い | 質が悪い (lemon) |
|
---|---|---|
売り手の売却希望価格 | 200万円~ | 150万円~ |
買い手の売却希望価格 | ~220万円 | ~160万円 |
表3のように、質が良い中古車は出回らない(190万円では買えない)と買い手が認識すれば、買い手の購入希望価格は160万円までに下方修正されます。
結局、質が悪い中古車だけが150万円から160万円で取引され、質の良い中古車は出回らない、ということになります。情報の非対称性がなければ、質が良い中古車、質が悪い中古車それぞれがそれなりの価格で取引されていたのに対して、情報の非対称性があることによって、質の良い中古車が市場から淘汰されてしまうわけです。したがって、この現象を「逆」淘汰とよんでいます。
逆淘汰を防ぐには
では、この逆淘汰を防ぐにはどうしたらよいでしょうか。情報を持っている側からの方法として、「シグナリング、signaling」とよばれる方法があります。質についての信号を送る、というところからこの名がついています。
中古自動車の例ですと、一定期間の保証をつけるとか、第三者に品質のチェックをしてもらう、等が考えられます。ポイントは、質が悪い中古車について同じことをすると割に合わない、という点です。質の良い中古車でしか成立しえないことを実行することで、質の良い事の証とすることです。
ここでは取引が1回限りと考えてきましたが、多くの取引を成立させた売り手であったり、長い期間をかけて生き残っている売り手であったりということが信用の証となることもありますね。近年では口コミサイト等も数多く見られます。口コミサイトの評判が参考になることもあるでしょう。もっとも、口コミの内容自体の信頼性に疑問が投げかけられることもままありますが…
中古住宅に関しては、国土交通省が流通促進策として、「安心R住宅」制度を2017年に創設しました。これは、公的機関による情報の非対称性を緩和する仕組みづくりの例といえるでしょう。
くらしの中の経済学、今日は逆淘汰についてお話しました。またお目にかかりましょう。